カダパ

カダパテルグ語:కడప, 英語:Kadapa)は、南インドアーンドラ・プラデーシュ州の都市。イギリス統治下ではカダッパー(Cuddapah)と綴られ、独立後もそのままであったが、2005年8月から「カダパ」の表記となった。

歴史

17世紀中ごろには、ゴールコンダ王国の武将ネクナーム・ハーンの領地であり、ネクナーマーバード(Neknamabad)とも呼ばれていた。

1707年アウラングゼーブが死亡したのち、この地はカダパのナワーブと呼ばれた一族が支配するようになった。

カダパのナワーブは常に諸勢力の動向に振り回され、1749年にはカーナティック戦争へ参加し、そののちはマラーター王国の侵攻もあり、1757年9月24日にはナワーブであるアブドゥル・マジード・ハーンがマラーターとの戦闘で殺害された。

1779年5月27日、カダパのナワーブはマイソール王国ハイダル・アリーによって滅ぼされた。

1800年までに、カダパはイギリスの支配下に置かれ、1947年までその統治下にあった。

産業

  • ウランTummalapalle鉱山(英語版)

関連項目

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